新型コロナウイルスの感染拡大により世界が一変した。東京オリンピック(五輪)・パラリンピックは来年へと延期され、アスリートは活動の自粛を余儀なくされた。未曽有の事態にあってスポーツとは何なのか? 陸上選手として五輪に3度出場し、現在は実業家、執筆業、コメンテーターとして活躍する為末大氏(41)が、インターネット回線を通じてインタビューに応じた。【取材・構成=佐藤隆志】
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100年に一度というパンデミックに世界が襲われた。さまざまな社会問題とも向き合う為末氏は、現状をどう見つめているのか。
「これまでもクライシス(重大局面)はありましたが、地球全体が同時にというのはなかった。どこかの国に大変なことがあったら、みんながサポートしてってあったんですけど、今はどの国にもサポートできる体制にない。一番感じることは分断というか、各国の移動ができなくなって動かなくなると、本当にナショナリズムみたいなものがすごく強くなりそうだなと思っています」
緊急事態宣言に伴い、これまで当たり前だった日常生活が消えた。想像もしなかった事態に自由が制限され、未来も見えてこない。
「私はすごく大きなトランジション(転換期)というか、変化するタイミングだと捉えるしかないと思っています。日本は(ウイルスと)うまく付き合いながら、変えなきゃいけない文化みたいなものを一気に変えていくという捉え方、こうするしかないというのに近い。我々が一番最初に考えなきゃいけないのは、どうやって元に戻すか? ではなく、いかにギブアップするか? 復興のアイデアはないと思います。もう別の形での復活しかない。それがすごく大事な観点かな」
従来の価値観や考え方を180度変える「パラダイムシフト」の言葉が浮かぶ。
「都市部病というのは、皮肉な仕組みだなと思います。土がなくてアスファルトとか貼ってあって、人口が密集している場所ほどダメージが大きい。農村部の土がいっぱいあるエリアはウイルスも拡散しにくくて。何か働き方改革よりも、生き方改革を感じます。終息した後、いろんな離れたエリアに住んだりとか。『こうじゃなきゃいけない』という働き方から離れて、あくせく働かないモデルにしていく。これは世界的に増えると思います」
これまで地球温暖化の流れがあったが、今回突発的にやってきたのがコロナウイルスだ。いずれにしても、地球がかぜをひいたら生きていけないことを強く意識させられた。
「(11年の)東日本大震災の後もそうでしたけど『そもそも大事なことって何だっけ?』と考えざるを得ない。日本は必死に今までの仕組みを回そうとしてやっていた。個人の努力でやっていて限界になっていたものが、ここにきて本当にギブアップしなければいけなくなった。抵抗があったけど、いろいろオンラインでやりましょうとか」
為末氏は9年前に東日本大震災が起きた際、生活拠点の米サンディエゴから「アスリートにできること」というメッセージを発信した。我々が社会に役立つ時が来るまで、自らの本職を淡々とこなすことが大事-。共感するアスリートが続き、その後の復興へ向けて気持ちを一つにした。
「選手はモノの書けない小説家みたいで苦しいと思いますけど、必ず必要とされる時が来ます。今回置かれた大きな条件として、オリンピックはどこかの国が遅れた状態にあると、不公平感は覆せないので開催はできないことになってしまう。世界中の選手が練習できる状況を整えることが大切で、困っている国の選手がいれば、自分たちの国に招き入れるとか。今までのお飾りじゃなくて本当に連帯しないといけない。五輪の開催自体が危ぶまれる中、今はアスリート同士が一体になりやすい」
社会から求められる時に向け、今は自らを高める時間となってくる。そこで為末氏からアスリートに勧めたい一冊がある。「夜と霧」。第2次世界大戦中の1940~45年、ナチス・ドイツが占領下のポーランド領内に作った強制収容所。精神科医フランクルがそこで見た人間の記録である。
「過酷な状況で人はどうなるのか? クリスマスの翌日にすごく人が亡くなった。誰も何も言ってないですけど、クリスマスにはきっと何かしらの恩恵があって、連合軍が収容所を壊してくれ、自分たちは解放されるんじゃないか。だから、そこまで頑張ろうと。それでクリスマスが来ても何も起きなかった次の日に絶望した大勢の人が亡くなったと書いていました。私が学んだことは根拠のない希望を抱かず、日々の中で淡々とルーティンを繰り返していくということです」
そしてこの著書には、人間が生き抜く上で必要になってくるカギもあった。
「美意識です。日本風に言えば『志』。壮大な話じゃなくて、自分はこういう生き方をしたいとか、こういうことを大事にしたいという価値観を持っている人もまた、生き延びる可能性が高かったとフランクルは分析しています。先が見えなくて非常につらい状況を耐える時、不変の、何か人間の心の扱い方が大事じゃないかと思います」
東京五輪・パラリンピックは1年後へ延期。元オリンピアンとして現役選手に伝えたいことがある。
「私が選手であれば、維持しようという発想はあきらめて、自分の中で日々できることをコツコツやっていく。未来から逆算して考えるという習慣が選手には付いています。1カ月後に向けて何をやるべきか? 1年後に向けて何をやるべきか? こういう状況になると、いつゴールなのかまったく見えない。一番切り替えなければいけないことは、未来からの逆算でなく、いつかトンネルを抜ける時まで今日できることを積み重ねること。無理やり緊張感を保ったまま、あと1年間持たせるのは難しい」
スポーツには社会を明るく照らす力がある。だから自らの経験も踏まえ、力を込めてこう言う。
「練習していいんだろうか? という気分になるかもしれないけど、安全な一定の範囲の中で準備をしていくことが、次のフェーズでは大事になります。医療従事者の方々が努力されてコロナが止まった後には、スポーツの出番がやってくる。みんなが不安に思っている時こそ、スポーツが始まるというのはすごく希望があります。たとえ無観客だとしても、プロ野球が始まるとか、大相撲が始まるとか。それをテレビで見ることはすごい日常が始まった感じがします。その力は大きい。そのための準備を選手同士が励まし合って続けていくしかないし、プロスポーツがこんなに待望されている時代もない」
今は静かに、その時を信じて待つ。
◆為末大(ためすえ・だい)1978年(昭53)5月3日、広島市生まれ。広島皆実高-法大。男子400メートル障害で世界選手権2度(01年、05年)銅メダル。五輪は00年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続出場。自己ベスト47秒89は今も日本記録。現在はコンサルティングサービスの「Deportare Partners」代表取締役。義足会社「Xiborg」の共同経営者、新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長のほか、執筆業、テレビのコメンテーターなど幅広く活動する。著書は「走る哲学」「諦める力」「遊ぶが勝ち」「為末大の未来対談」「負けを生かす技術」「生き抜くチカラ~ボクがキミに伝えたい50のことば」など多数。
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May 01, 2020 at 08:00AM
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